再び 「あしこ」か「かしこ」か

 早稲田大学校歌の3番の”あれ見よ「あしこ」か「かしこ」”問題は以前にも書き留めていましたが、岳南稲門会会報第8号に整理して下記のとおりに投稿しました。

 早稲田大学校歌の3番の「あれ見よ かしこの常盤の森は・・・」の「かしこ」は原作では「あしこ」です。
 以前に西村清常先輩の父君が持っておられた「早稲田歌集」(明治40年4月5日、進文盟社出版部)でも「あしこ」になっていました。また、グリークラブや早稲田混成合唱団も「あしこ」と歌っていると聞きました。

 ”都の西北歌詞に謎”という題目で、石井洋一氏が平成14年3月15日の日経新聞の文化欄で考証を述べられています。たとえば、「かしこ」の初出は昭和15年の理工科と政治経済学科の卒業アルバムとか。

 オピニオンNo.264 「都の西北」の研究「かしこ」問題には「相馬御風自身は校歌の3番の歌詞を「あれ見よあしこの常盤の森は…」と作詞していますが、現在、学生に配布されている歌詞には「あれ見よかしこ」となっています。とあります。

 2007年10月20日に行われた校歌研究会主催の「第2回 校歌シンポジウム」において、シンポジウム実行委員長 太原正裕さんは次のように見解を述べた由です。
 "漢字で書くと両方とも、彼処もしくは彼所であり、意味も「少し離れたところ」で同じです。「あれ見よ」「あしこ」で頭韻を踏んでいることもあり、原典はあしこであることは間違いありません。どうやら、大正時代から「あしこ」と「かしこ」の歌詞が混在し始め、昭和47年に混乱を収拾するため大学理事会で「かしこ」に統一してしまったそうです。あくまで作詞者は「あしこ」これを今後どうするか、大学当局とも話し合っていきます。"

 その後どのようになったかはわかりません。春の早慶戦で応援団はどっちで歌っているか確かめようとしましたが、歓声に消されて判然と聞き取れませんでした。応援部が呉れたファイルには「かしこの」と記載されています。

 早稲田125周年記念誌の写真史に、作曲者 東儀鉄笛の自筆の校歌楽譜が掲載されていて、これをみると「あしこ」でした。小さな字なので一見「か」と見えなくもないのですが、他の箇所にある「か」と明確に違っていました。
 元々の「あしこ」を「かしこ」に変えることもないと思い、岳南稲門会においては原作通りにしようと提案したいと思っています。(下郷二三男) 
 *本年度の総会で、「あしこ」と唄われました。

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